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本当にトップレベルの手仕上げは非常に難しいものだ。

また、その難しさを理解している人はほとんどいないだろう。日常生活では考えられないほどの手先の器用さが要求されるのだ。例えば、脳下垂体腫瘍の除去手術では鼻腔内の蝶形骨からトンネルを掘って行う経蝶形骨手術があるが、これには明らかに神業に近い身体調整が必要だ。控えめに言っても我々のほとんどは脳神経外科医ではないため、本当に細かい動きを必要とする運動の機会はほとんどない。

ブランド主催のワークショップや工場見学で実際に手仕上げを体験した幸運な人でなければ(もちろん素人がベストを尽くしても失敗するのは必然だが)、手仕上げを成功させるために必要な才能やトレーニングを理解することはほとんど不可能だ。しかしほんの少し時間をかけて、きれいに仕上げるその大変さを少しでも理解することができれば、手作業で仕上げる熟練の技のすばらしさがわかるはずだ。

ジラール・ペルゴの天文台懐中時計のようなものを見ると、ちょっとした畏怖の念を抱かずにはいられない。この時計が完成した当時(1889年)は機械仕上げというものは存在せず、このクラスの時計は一点モノのマスターピースといっても過言ではない。それぞれのブリッジにセットされた巨大で美しい形状の受け石、ブリッジ自体の複雑な形状、ブラックポリッシュされた、ひとつひとつのネジの手間を惜しまない丁寧な研磨、そして何よりも面取りされ、ブラックポリッシュされた蜘蛛の巣状の薄いトゥールビヨンケージの内側の角は見ているだけで手を切ってしまいそうなほど鋭い。

このようなものを見ると、ほかのものが欲しくなくなるのは当然だ。工業化された高級時計が登場し、国際的な高級コングロマリットからロゴ入りのサングラスを誰でも買えるようになる前の、真の意味でのオートオルロジュリーの基準がここにある。


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